奈良県編Ⅱ
東海自然歩道と寄り道登山
2022年12月1、2日
2023年3月5、6日


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 奈良県の東海自然歩道の特徴
奈良県の東海自然歩道の地図を見ると、山の山頂を1ヶ所も通っていない。これまで東京から三重県まで歩いてきたが全ての県で多くの山の山頂を踏んできた。残りの滋賀県、京都府、大阪府でもルート上には幾つか山の頂がある。
東海自然歩道に対する私の認識は東京から大阪までの低い山の頂を結び、山がない所は道路を歩くようにルートを作った、というものだった。奈良県に山がないわけではないのに、山頂を通らないルートになっている。亀山(曽爾高原)や額井岳は少しルートを変えれば山頂を経由できると思うのだが。
その理由を考えながら山の辺の道を歩いているとき閃いた。「山の辺の道」がその原因ではないかと。奈良県の東海自然歩道のルートを決めた人になったつもりで考えると、奈良県には「山の辺の道」という古代からの道があり、少し遠回りになるがこの道を東海自然歩道に利用すればメリットが大きい。山の辺の道以外の所は山の辺の道を参考に、山の山頂は通らずに「山の辺」すなわち、山すそに沿って自然歩道を作ろう。かくして山頂を通らない奈良県の東海自然歩道は出来上がった、のではないかと。
しかし、私が奈良県の山の山頂に1度も立たなかったわけではない。私の東海自然歩道の副題は「東海自然歩道と寄り道登山」である。歩道の近くにある山には時間と体力がある限り登ろうということである。これまでに山梨県の竜ヶ岳、岐阜県の養老山等に寄り道してきた。奈良県では4/20に亀山峠から亀山(849m)に寄り道登山をした。さらに4/22に額井岳も登る予定だったが体力と時間がなく断念した。年は取りたくないものだ。亀山は奈良県の唯一登った山になった。
もう一つ、奈良県では湖畔を歩く所が多かった。室生湖、初瀬ダム、白川ダムとどれも湖岸の半分ほどを歩いた。山梨県の本栖湖では湖の一部分をあるいたが、他の県では湖岸を歩いた記憶がない。奈良県では山すそにそって歩道があるので湖岸を歩く事が多いのかもしれない。
山の辺の道を模した奈良県の東海自然歩道は山歩きの好きな人には物足りないかもしれない。しかし、私のような老人にとって山の辺の道は一日中歩いても飽きることは無いし、危険な所もは無い最高の自然歩道であった。

12/1 前日は東海自然歩道の玉立橋から長谷寺まで歩き、長谷寺門前の宿に泊まる。長谷寺は紅葉の名所ということで朝食前1時間ほど参拝、逍遥する。紅葉の盛りは過ぎたとの話だったが、所々に真っ赤な紅葉があり、朝日に輝いていた。その後の山の辺の道にも紅葉した木が何本かあった。安達太良山や八甲田山の全山紅葉とは違って、山の辺の道の紅葉は1本1本の木の個性を愉しむのがいいのだろう。
 
 


9時に長谷寺門前を出発、2時間ほどは国道、県道を歩く。しかし、道沿いには法起院、十二柱神社、玉列神社等があり寄り道して参拝する。

昨日は長谷寺の門前宿、大和屋に泊まる        法起院

  十二柱神社                    玉列神社
11時頃に金谷の石仏到着、ここから山の辺の道に入る。今回は東海自然歩道として歩いたのだが、以前に山野辺の道として2回ほど歩いたことがあった。
 
 山野辺の道の始点(金屋)               金屋の石仏 
 
 金屋までは県道を歩いたが山野辺の道はこんな感じ    まず平等寺参拝、軽い昼食 

 
すぐに大神神社               大神神社拝殿、途端に参拝者が多くなる 

 
 少し歩くと狭井神社、ここも参拝者多い         しばらく(40分ほど)歩いて桧原神社
              
山野辺の道の特徴は、小さな集落の中の道をいくと村外れとなり、林道に入る。林道を行くと山すそを行く歩道(山道)になり、さらに行くと隣の集落への林道になり人家が現れ、神社の境内にはいる。神社に参拝し先に進むと村外れとなり、また、同じことが繰り返される。山の辺の道では1日に何度も同じことが繰り返される。この道は街道ではなく村の住民が大神神社や石上神宮への参拝のための道なのだろう。「今までに歩いた奈良県の東海自然歩道を思い返すと、太良路から室生寺、室生寺から大野寺と1日から半日かけて同じような道を歩いてきた。」山の辺の道は奈良県の東海自然歩道の原点なのだろう。」私のような老人にとって山の辺の道は単調な国道、県道や危険な山道所がなく、人家に近い自然歩道は大歓迎である。
 
村はずれ                      林道となる
 
やがて山道になり                   隣の村落に入る

山の辺の道での昼食は柿の葉寿司
普通の登山とは異なり、東海自然歩道では次の山まで歩かなくてはならないので、行動時間が長くなる。そこで昼食時間は無しにして短い休憩時間にこまめにエネルギーを補給する。所で、奈良県名物は柿の葉寿司である。これが昼食に最適なことを奈良県にきて発見した。2~3口で食べられ、残しても翌日でも食べられる。今回は3日間、昼食は柿の葉寿司中心で、いつも食べている芋ケンピ、煎餅、柿の種、羊羹が昼食である。また山の辺の道の無人売店で買った干し柿が美味かった。
桧原神社を過ぎると崇神天皇陵などの古墳が次々に現れた。

 
 
古墳には堀がある物が多い               15時竹之内環濠集落入り口で歩行を終える
午後、山の辺の道を歩いている時ふくらはぎに違和感を感じた。軽い痛みとツッパリ感、歩く速度を遅くすると収まった。しばらくすると反対の足にもきたがゆっくり歩くと収まる。7~8回繰り返したところでその日の歩行はやめ、天理駅近くの宿にタクシーで向かった。

 12/1  歩行距離:15.5km

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 12/2              
             
山の辺の道を歩くのは3回目である。1回目は約50年前奈良の寺社巡りの際歩いた。当時は山には行っていたが道を歩く趣味は無かったが、何故か(どんな道かは覚えていないが)この道を歩いたことだけは覚えている。登山や寺社参拝で同じところを何度も訪れる人はいるが、千葉県在住の私が奈良の道を3回も歩いたのは我ながら驚きである。今回は東海自然歩道として歩いたが、前の2回は寺社参拝や旅行の一環として歩いた。月日が経つと寺社や仏像の記憶は薄れたが、山野辺の道の記憶は何かの折に甦った。

12/2 歩行を再開したが、足への負担を軽くするため1日中両手ストックで歩いた。その効果かどうかは不明だが、夕方まで足に違和感は生じなかった。今までは厳しい登りは片手ストック、下りは緩くても両手ストックで歩き、平地はストック無しだった。この症状が一過性のもので、老いが一段階進んだのではない事を祈る。
昨日は天理市に泊まる。歩行終了地点から宿まで、また宿からはタクシーを使ったが、県民割が使えたのでタクシー代は無料になった。
8時 昨日の終了地点から歩き始める。今日も天気がいい。すぐに小さな神社が現れ、紅葉が綺麗なのでしばし休憩。しばらく歩くと今度は季節外れの桜。またしばらく歩くと柿の群落。これが山野辺の道なのだろう。
 
8:00 天理市を眼下に歩き始める
 
8:20 夜都岐神社                  朝日に紅葉が映える
 
8:40 人家の近くに季節外れの桜

  
9:00 何か思えば収穫前?の柿だった


9:30 石上神宮に着くと鶏がお出迎え

10:00 石上神宮を出てしばらく行くと山の辺の道らしい道は終わりとなり、県道歩きが主になる。たまに自然の歩道があるが、すぐに県道になる。

 
9:50 山の辺の道                  10:20 県道に出る(天理市内

 
11:00 白川溜池                  12:00 弘仁寺
 
13:00 県道歩きがつずく。              13:30 崇道天皇陵(中央の森)

14時ごろになると今日の歩行は何処で止めようかと考え始める。
理想は次回歩く柳生への道・滝坂道入り口まで、しかし、今は紅葉時期なので奈良市内の紅葉の名所も行ってみたい。
14:45 白毫寺手前の畑の中、東海自然歩道は右、山の辺の道は左に行く指導票があった。金屋から始まり東海自然歩道と山の辺の道は常に同じ方向を指していたがついに山の辺の道とお別れの時が来たわけである。山の辺の道は町の方へ向かっているので今日の東海自然歩道歩きはここで止め、奈良市内の紅葉見物に切り替えることにし、山の辺の道を行く。しかし、山の辺の道は町に入りすぐに道を見失う。ヤマレコのナビ機能は東海自然歩道沿いに設定してあるためだ。どうにか街中にでて平安神宮にたどり着き紅葉見物と思ったが、神宮の境内は広く紅葉している場所がわからない。ウロウロしているうちに日が暮れてきたので、あきらめて帰宅することにする。

 
16時 平安神宮の紅葉を期待していたのだが       ここが一番赤かった

  12/2  歩行距離:16.2km

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2023/3/5
久しぶりに日曜日(3/5)に歩いた。日曜日に歩くのはは平日と比べ、メリットとデメリットがある。
メリットは山中で多くの人と会うことである。足に不安を抱える老人にとっては万一の場合は助けてもらえるので安心感の源になる。歩行中間地点の峠の茶屋は日曜日で店を開いており、わらび餅を頂き、居合わせた旅人としばらく歓談した。
デメリットはアプローチのバス便の減少である。特に地域のコミュニティーバスは休日は運休が多い。この日は円成寺(忍辱山)で歩行を終え、宿泊地の柳生まで行こうとしたがバスは2時間待ち、タクシーを頼むと何時に来てくれるか分からないという。日曜日のため奈良市内のタクシー需要が多く、柳生まで来てくれないようだ。幸い地元の人が軽トラックで宿まで送ってくれた。
今日歩いた奈良市から円成寺までの道は柳生街道(滝坂道)と言われ、柳生十兵衛や宮本武蔵も歩いたと言われる。奈良市街地を外れると直ぐに木立に覆われた苔むした石畳道となる。街道脇には渓流が流れ、石仏が点在する。街道というより散歩道である。しかし、この様な散歩道は首切り地蔵までの間の1時間ほどで、それ以降は歩道や林道を歩くいつもの東海自然歩道となる。

歩き始めて直ぐに右足ふくらはぎに違和感を覚えたので、ペースを落し慎重に歩く。違和感は1日中あったが、痛みが出るほどではなかった。
奈良市から柳生までは20km程なので一日で歩けない距離ではないが、足の痛み予防と観光のため、この日は中間点の円成寺まで歩き、午後は円成寺参拝と柳生一族の墓、一刀石見学とした。
9:45 白毫寺手前の県道から歩き始める。前回歩行終了地点は300mほど向こうの畑の真ん中だがタクシーは行けないし坂道なのでと言い訳して、省略することにする。歩き出してすぐに白毫寺への分岐に差し掛かるが、今日は他にも参拝する寺があるという言い訳でこれも省略。
 
 3/5の歩行開始地点                奈良市内の遠望

10:20 柳生街道(滝坂道)に入る。途端に道の雰囲気が変わる。山野辺の道の明るく軽い感じから、暗い重たい感じへ。

 
 柳生街道入り口
 
 石畳道が始まる                  10:50 寝仏、中央の石に大日如来が刻まれている

 
 11:00 夕日観音
 
                       11:10 朝日観音
 
11:30 首切地蔵、首の所で2つに分かれている     12:00 峠の茶屋、わらび餅を食べ旅人と歓談
                           日曜日ならではのこと
 
 12:30 峠の茶屋を過ぎると小さな村落が現れ     13:00 明るい林道になる

 
13:30 冬の木漏れ日が綺麗な模様を描いていた     14:00 円成寺着、参拝、有名な庭も見学

今夜の宿は柳生だが円成寺からは徒歩で3時ほどだが、バス、タクシーがだめでヒッチハイクで宿まで行く。

15時、宿に荷を置き柳生の里散策。まず一刀石。林の中に巨大な滑らかな石があり、中央に刀で立ち割ったような切れ目がある。傍によると何か惹かれる物があり、長居した。
何故惹かれるか後日分析してみた。
1.まず名前が付いていること。柳生石舟斎が天狗と思って切ったという伝説から来ているらしい。石舟斎の住まいから1kmほどのところにあるのが面白い。
2.一刀岩ではなく一刀石であること。岩と石の違いは手で動かせるものが石で動かせないものが岩という定義からは縦横7mもある一刀石は岩に該当する。しかし、岩はごつごつとして角張っているという見方をすると、一刀石は丸みを帯びた形で遠くからは滑らかに見えるので、石と言うことができる。岩よりも石の方が親しみが持てる。
3.割れ目の幅が良い。いかにも一刀のもとにたち割ったばかりの隙間に見える。上から下まで同じ幅なのも良い。
4.周りに他の石が目に入らないのが良い。
わざわざ分析などしないで良いのだが、悪いくせだ。
 

一刀石から15分ほど歩くと柳生一族の墓がある。一刀石と柳生家の墓がこんなに近いのは偶然ではなく一刀石の妖気を抑えるために柳生家の墓を近くに建てたのが正解なのだろう。なお、柳生家の墓は2代目の宗矩が作ったためか、初代宗厳の墓は小さく作ってある。
 

   
   3/5   歩行距離:9.4km

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3/6 9時バスで昨日の歩行終了地点、忍辱山(にんにくせん)まで戻り歩行再開。円成寺の山号(寺の名前の前に付ける別称)が忍辱山なので円成寺付近の町の名もバス停も忍辱山である。始めは忍辱山をにんにくせんと読めなかった。
忍辱山から山口神社までの1時間は人家がない山林や田畑沿いの道、ここから南明寺までの1時間は田んぼの広がる平地の東側、山すそに沿って点在する人家の間の道を行く。柳生街道といっても人家の間を右、左に曲がり指導票がないと迷ってしまう。わざわざこのように造っているのかもしれない。遠く西の方向を見ると川を挟んだ向かい側の山すそにもにも家が点在する。この辺りは大柳生という地名らしい。大柳生には田んぼが点在するが周りはぐるっと100m程の山々に囲まれている。この山々は皆同じ高さでとびぬけて高い山が無いのが珍しい。
 
 9:00忍辱山の村外れ

 
 9:30 始めは山林                10:00 夜支布山口神社、赤い社

 
 10:30 山口神社を過ぎると田んぼと人家の間の道を行く。周りは低い山ばかり

南明寺から1時間程かけて100m程の峠を越えると柳生である。柳生にはほとんど平地がないので、田畑は少ない。田畑が無く、交通の要衝でもない柳生に家老屋敷や芳徳寺など立派な建物が多いのは柳生一族の努力の賜物だろう。同じ地名の大柳生と柳生の関係はどんな物だったのだろう、などと考えながら歩いた。大柳生では農業で生きられたが柳生の人は剣の技を磨かなければ生活できなかったのだろう。
 
11時 南明寺(非公開)門前で軽い昼食         11時半 峠への入口
 
道は良いが傾斜がきつい                12時 名もない見晴らしもない峠  

 
 12時半 柳生に入る。どの家も立派な構え      昨晩泊まった久保田亭。周りから浮いている。
 
 12:45 柳生の中心にある八坂神社でまた昼食      枯れても十兵衛杉

 
     川沿いの道                13時半 阿対の石仏

午後は柳生から笠置山まで歩く。13:40遂に奈良県の東海自然歩道を歩き終え京都府に入る。

 
 14時 しばらく通行量の少ない県道歩き        14:20 笠置寺、30分ほど参拝
 
 弥勒磨崖仏                     15時半 笠置の町を見下ろす

  3/6   歩行距離:12.7km(京都府の東海自然歩道を含む)

  奈良県Ⅱの合計歩行距離:53.8km
奈良県の総歩行距離:99.8km(三重県、京都府の東海自然歩道を含む)(アプローチを含まないGPSでの実測値)
  

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