八公山トレッキング
(パルゴンサン)
2010年3月29日


ユーラシア・ワンの一環として韓国の亀尾(ぐみ)から慶州まで114kmを歩いた。
亀尾と慶州を直線で結ぶと線上に八公山がある。八公山は意外に大きな山塊でこれを何処かで横断すると、近道になる。日本ではあまり資料が無かったが、現地案内所で安全を確認し、八公山の主稜線の端っこを横断した。
それでも韓国の山の雰囲気に浸ることが出来た。
3/28 午後になると進行方向左手に大きな山が見えてくる。八公山だ。15時頃八公山の麓の道路は車で数珠つなぎ、歩いている私の方が早い。今日は日曜日なので観光地八公山は大賑わいなのだ。
16時 繁華街に着き、山の様子を聞こうと案内所を探すが、1時間うろついてやっと見つける。山は雪が残っているかもしれないが、歩行には問題ない。しかし、八公山本峰から銀海寺まで行くのは、道が険しく時間がかかるので、本峰は避けた方が良いとのことだった。一応、軽登山靴、ストック、地図の用意はしてある。
宿は八公山温泉観光ホテル、日本式の日帰り温泉併設のホテルだった。

 
 遠くに八公山                  八公山が近ずく。山頂は電波塔の乱立。

3/29 8時半 出発。八公山の本峰は登らない代わりに、桐華寺を参拝する事にする。
 9~10時 桐華寺。
 
 扁額だけはなぜか漢字である

 
 桐華寺から八公山。稜線はギザギザ。

10時 歩き始める。
 
 始めは林道                  次は沢ぞいの道
 
 何回も沢を渡るが傾斜はゆるい。         月曜日なのに登山者は多い。30分に1組は会う

山や沢の感じは日本とそっくりだが、植林している所はない。よって雑木林ばかりだが、まだ葉は出ていない。しかし、松の木は多く、緑色はほとんど松だ。松茸が取れるのもうなずける。今朝の味噌汁には5cm程の松茸が入っていた。香りはあまりなかったが、味は松茸だった。

 
 11:40 稜線に出る。指導標はチンプンカンプン   稜線には雪が残り、ぬかるんでいる

 
 八公山本峰方面、雲一つない快晴だ。       本峰方面拡大写真

 
 これから行く方向。左の山頂まで行く。         山肌の白は雪

 
 13時 三差路にて               歩いてきた方を振り返る。

 
 左の山の山頂にカッパウィ(石造如来坐像)があるとのこと。 下山路、いい感じだ

 
 16時銀海寺着。参拝しようと社務所に行くと、日本語の宿坊案内のパンフをもらう。3分で泊まることを決める。けれど互いの意思が伝わらない。そこへ日本語を話す女性が現われ、宿坊のシステムや建物の説明を受ける。彼女、鄭さんは20才まで大阪にいたそうである。4時半からお坊さん2人と、鄭さんを通訳にお茶を飲みながら歓談。私の旅の話で時間となり、肝心の坊さんの話は聞けなかった。宿坊はオンドルーなので外とは障子1枚でも暑いくらいである。  
 17時 バイキング方式の夕食。
 18時~19時 宿坊隣の本殿で参禅。坊さん2人が読経する。途中から近所のおばあさん10人程がお参りして帰る。参禅は座っているだけではなく、随時チベット仏教の五体投地に似た礼拝をする。「立って、座って、ひれ伏して拝む。」(パンフレットには108拝すると書いてあった)私は適当に抜かす。宿坊は暖かかったので、寒さ対策はしてこなかったが本殿は寒いので、催してくるが読経は終わらない。50分過ぎにやっと読経が「なんまんだー、なんまんだー」の繰り返しになったので退席し、厠に駆け込む。
 

 
 右が宿坊、正面は本殿             満月だった

3/30 4時から木魚を叩く音が聞こえる。
 4時半 参禅に参加。始めは坊さん2人だったが、少しずつ増え計5人。5時半に2人を残して退席したので私も退席。するとそのうちの1人が「ちゃ?」と言うのでついていく。その坊さんの個室に案内される。テレビ、冷水器、ポットが目につく。二人とも無言。私の名前を言うが分からない様子だ。英語を2~3喋ってみるが、分からない様子。坊さんも2~3語しゃべるが今度は私が分からない。さかずきのような湯飲みでお茶を4杯頂いて、退席する。その間15分。
後から考えると、70才近い爺さんが一人で異国を歩いているからには、悟りを開いた賢人では、と思われたのかもしれない。言葉は通じなくとも、もう少し無言の対話を続ければよかったと反省している。
6時 朝食
8時 出発。

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